2011年2月27日日曜日

コツのいる家


我が家はコツのいる家である。

具体的に言うならば、
•トイレの水は、絶妙なタイミングとスピードで
レバーを動かさなければ、止まってくれない。
•ベランダに通じるガラス窓は、精一杯の力で押さえながらでないと鍵が
閉まらない。
•玄関の扉もまた、鍵の閉まるポイントがなかなか見つからない。
•台所の給湯器は、レバーを一度右に回しきらなければお湯は出てこない。
•洗面所は、赤色のお湯の方からしか水が出ず、なおかつお湯は出ない。
などなど他にもたくさんのコツがいるのである。

はじめは焦っていたが、ああでもないこうでもないと試行錯誤し、
コツをつかんでしまった今は、当たり前のように各作業をこなす。
しかし、人が泊まりにきた時は説明が大変である。

ただ何でもマニュアルが用意されて、細かく数字で表記されている
現代において、このあんばいというのは非常に大切なことのように思う。

昔、風呂を薪で焚いていた頃、それはほとんど子供の仕事だったようだ。
子供は、毎日その仕事をこなす中で、湿度や風、温度などにより薪の量や
息の量を調整していくことを覚える。これは誰に教えられるわけでもなく
自分で体感し、考えた末に拾得したあんばいなのだ。
本来自然は諸行無常である。
状況に合わせて動物や植物は少しずつやり方を変えていく。
スイッチ一つで何でもできることは便利だが。私たちの身体はどんどん
生活(生きるために必要不可欠な活動)から離れているのではないか。

またそれは人間が自然から離れていくことでもある。

2011年2月1日火曜日

歩く


歩くことが好きである。
家から職場までは毎日歩いているし、
休日の外出時でも歩ける距離であればなるべく歩く。

一度京都から実家のある岐阜まで、3日間かけて歩いて帰る計画を
立てたが、60キロ歩いた時点で、足を痛めてしまった。
アスファルトは山のようにはいかない。

私はよく歩くのが早いと言われる。
それは自分でも自覚があったし、「特技は?」と聞かれれば
早く歩くことと答えてもいいぐらい自信がある。
しかし、最近読んだ雑誌の記事の中で、白神山地のマタギの方
の言葉でこのようなものがあった。

「ところで都会の人は非常に足が速いんですね。今日も飛行機を
降りて、空港の通路を歩いて来る時、どんどん追い越されました。
以前、東京へ行った時も駅のホームで同じことを感じましたが、
あれで田舎の人と都会の人が見分けられますね。でもこういう都会の
人たちが山へ来ると、全然歩けないんです。」

マタギといえば山歩きのプロである。私はてっきり強靭な脚力で、
ものすごいスピードで山を歩いているものだと思っていた。
しかし、予想に反して小股を意識して歩くそうである。
登山などをしていると、地図に書いてある平均の所要時間よりも
いかに自分が早く目的地まで到達できたのかを、つい意識してしまう。
もちろんマタギと登山では目的自体が違う。マタギのかたも
「山では時速より、何時間歩いたか。」
とおしゃっていた。ここでいう山は狩り場という意味だろう。

とはいえ、確かに早く歩くことで、見逃しているものが多々ある。
自動車より自転車、自転車より歩きと進むスピードが遅くなれば
遅くなるほど、私たちはたくさんの気づきを得る。
歩くスピードでも景色は変わるだろう。

もう少しゆっくり歩いてみよう。